本記事の情報は参考目的です。制度は変更される場合があります。最新情報は国税庁・IRAS(内国歳入庁)の公式サイトでご確認ください。
個人所得税の仕組み
シンガポールの個人所得税は、居住者と非居住者で税率も控除も違います。日本より最高税率が低く累進の刻みもゆるやかですが、日本人読者にとって実務上効くのは税率表そのものより、居住者判定・使える控除・出国時の精算の3つです。
居住者の税率(YA2024以降)
税率は課税所得(chargeable income)に対するものです。年収そのものではなく、各種の控除(relief)を差し引いた後の金額に適用されます。
| 課税所得(SGD) | その部分の税率 | その上限までの税額累計 |
|---|---|---|
| 〜S$20,000 | 0% | S$0 |
| S$20,001〜S$30,000 | 2% | S$200 |
| S$30,001〜S$40,000 | 3.5% | S$550 |
| S$40,001〜S$80,000 | 7% | S$3,350 |
| S$80,001〜S$120,000 | 11.5% | S$7,950 |
| S$120,001〜S$160,000 | 15% | S$13,950 |
| S$160,001〜S$200,000 | 18% | S$21,150 |
| S$200,001〜S$240,000 | 19% | S$28,750 |
| S$240,001〜S$280,000 | 19.5% | S$36,550 |
| S$280,001〜S$320,000 | 20% | S$44,550 |
| S$320,001〜S$500,000 | 22% | S$84,150 |
| S$500,001〜S$1,000,000 | 23% | S$199,150 |
| S$1,000,001超 | 24%(最高) | — |
2024年賦課年度(YA2024)から、課税所得S$500,000超の部分に23%、S$1,000,000超の部分に24%の税率が加わり、最高税率が22%から24%になりました。
居住者の判定
外国人がシンガポールの税務上の居住者として扱われるのは、次のいずれかの場合です。
- ✓前暦年に183日以上シンガポールに滞在または就労した
- ✓3暦年連続で滞在または就労した(初年と3年目が183日未満でも可)
- ✓2暦年にまたがって継続して勤務し、就労の直前直後の滞在を含めた期間が183日以上(従業員が対象で、取締役・専門職には適用されない)
日数には週末・祝日を含み、休暇や出張などの一時的な不在も就労日数として数えます。有効期間1年以上のEPを持つ人は当初から居住者として扱われますが、退職時の税務クリアランスで判定が見直され、その年の滞在が183日未満なら非居住者として課税し直されます。日本の居住者判定が「生活の本拠」で決まり日数基準を持たないのに対し、シンガポールは日数で決まります。
非居住者の税率
非居住者の給与所得は、一律15%と居住者の累進税率で計算した税額のいずれか高いほうで課税されます。取締役報酬・コンサルティング料・賃貸収入などその他の所得は24%です。人的控除(personal reliefs)は居住者向けの制度で、非居住者は使えません(経費と寄付金の控除は可能です)。1暦年に60日以下の短期就労なら非課税ですが、取締役・専門職として報酬を受ける場合には適用されません。
移住初年度は注意が要ります。到着が7月以降で年内の滞在が183日未満、2年・3年の特例にも当たらなければ、初年度は非居住者として課税されます。日本法人の役員がシンガポール法人の取締役を兼ねて報酬を受ける場合、その報酬は24%で源泉されます。
外国人が使える控除
控除の多くは市民・永住権保持者を前提に設計されているため、EPで働く日本人が使えるものは限られます。逆に、CPFに拠出しないぶん生命保険の控除枠が丸ごと残る、SRSの拠出上限が外国人のほうが大きい、といった外国人ならではの枠もあります。
| 控除 | 金額 | 条件 |
|---|---|---|
| Earned Income Relief | S$1,000(55歳未満)、S$6,000(55〜59歳)、S$8,000(60歳以上) | 申告不要で自動付与 |
| Spouse Relief | S$2,000 | 配偶者の前年の所得(国外源泉を含む)がS$8,000以下 |
| Qualifying Child Relief | S$4,000/子1人 | 未婚で16歳未満または全日制の学生、所得S$8,000以下。子の国籍要件はない |
| Life Insurance Relief | 最大S$5,000 | CPF拠出がS$5,000未満の人が対象。外国人はゼロなので枠が丸ごと使える。保険会社がシンガポールに拠点を持つこと |
| SRS拠出 | 最大S$35,700(外国人) | 市民・永住権保持者はS$15,300。拠出年の翌YAに居住者であること |
控除の合計はYA2018から1賦課年度あたりS$80,000が上限で、超えた分は切り捨てられます。使えないものも押さえておくと計算が狂いません。CPF Reliefは拠出がないので発生せず、NSman Reliefは兵役のある市民・永住権保持者向け、Working Mother's Child Reliefは子がシンガポール市民であることが条件です。Parent Reliefは扶養する親がシンガポールに住んでいること(外国籍の親は年8か月以上の滞在)が条件なので、日本に住む親は対象になりません。Course Fees Relief(上限S$5,500)はYA2026から廃止されました。
SRSは外国人にとって最大の控除枠
SRS(Supplementary Retirement Scheme)は任意の退職貯蓄口座で、拠出額がそのまま所得控除になります。外国人の年間上限はS$35,700で、市民・永住権保持者のS$15,300より大きく設定されています。拠出は12月31日までで、拠出後の返金はありません。年の途中で永住権を取ると上限がS$15,300ベースで按分し直されます。
引き出しは、法定退職年齢(2026年7月1日から64歳。初回拠出時の年齢で固定)以後なら引出額の50%だけが課税され、10年に分けて引き出せます。外国人は10年以上保有した後の一括引き出しも50%課税でペナルティなしです。それ以外の早期引き出しは全額課税に5%のペナルティが付きます。帰国後にシンガポールの非居住者として引き出す場合は、課税対象となる部分(退職年齢後なら引出額の50%)に対して24%が源泉徴収され、申告で精算されます(年間の引出額がS$200,000以下で他に所得がなければ15%)。
NOR制度は終了している
申告と納付
- ✓申告義務:前暦年の総所得がS$22,000超の人、または非居住者でシンガポール源泉所得がある人
- ✓2月から3月:IRASから申告通知(SMS・メール・書面)が届く。雇用主がAISに参加していれば給与情報は3月1日までにIRASへ送られ、本人はmyTax Portalで内容を確認する
- ✓3月1日から4月18日:申告期間。電子申告も紙も4月18日が期限
- ✓4月末から9月末:税額通知(NOA)が順次届く。納付期限はNOAの日付から1か月
- ✓GIROなら毎月6日の引き落としで最大12回の無利子分割。翌年5月からは前年の税額を基にした暫定分割が自動で始まる
- ✓期限までに納めないと未納額の5%のペナルティ。その通知から60日を過ぎるとさらに月1%(上限12%)が加算される
日本の年末調整と違い、会社が税額を確定させるわけではありません。雇用主が給与情報を送り、本人が確認して申告し、届いた税額を自分で納める流れです。
出国時の税務クリアランス(IR21)
EPで働く人が帰国・転職などで退職する場合、日本の住民税のような後払いは残りませんが、代わりに退職時に所得税をまとめて精算する仕組みがあります。ここは雇用主側の義務なので、本人が知らないまま最終給与が止まって驚くことになります。
- ✓雇用主は、退職・海外赴任・3か月超の出国の1か月前までにIR21をIRASに提出する義務がある。提出しない・遅れると最大S$5,000の罰金
- ✓雇用主は退職を知った日以降に支払うべき給与・賞与・手当・退職金を全額留保する。毎月の給与から積み立てておくことは認められていない
- ✓IRASはe-Filingを通常7営業日以内に処理し、雇用主は納付指示の日付から10日以内に留保金から納める。留保金で足りない分は本人がStatement of Accountの日付から7日以内に納める
- ✓この精算にはGIROの分割が使えず、既存のGIROも終了する。未納があると出国制限命令が出ることがある
- ✓その年の滞在が183日未満なら非居住者として計算し直される。居住者の要件を満たすなら再評価を申請できる
- ✓QEEBR制度で繰り延べていた株式報酬の税額も、利息とともにこの時点で納付期限が来る
会社が払う住宅と株式報酬は課税される
日本の社宅制度のような低い評価はありません。会社が借り上げた住宅は、家具・備品込みの年間賃料の実額から本人負担分を引いた額が課税所得になります。会社所有の住宅なら年間価値(Annual Value)が基準で、家具付きならその40%または50%が上乗せされます。住宅手当として現金で受け取る場合は全額課税です。
ストックオプションと株式報酬(ESOP・ESOW)は、権利行使時またはベスティング時に給与所得として課税されます。海外親会社が付与するグループ制度も同じです。ここにみなし行使ルールがあります。外国人(永久出国や海外赴任をする永住権保持者を含む)が雇用を終了する時点で未行使のオプション・未ベストの株式・売却制限中の株式があると、退職日の1か月前の市場価格で行使したとみなして課税されます。実際の利益がそれを下回った、あるいは権利が失効した場合は、5年以内に実際の利益に基づく再評価を申請できます。
国外から受け取る所得は原則非課税
シンガポールの居住者である個人が国外から受け取る所得は原則として非課税で、申告も不要です。シンガポールの銀行口座に送金しても変わりません。日本の不動産賃料や日本株の配当をシンガポールで受け取っても、シンガポール側の所得税はかかりません。例外は、シンガポールのパートナーシップを通じて受け取る場合や、海外勤務がシンガポールの雇用に付随する場合(出張など)です。
ただし、それは日本側の課税が終わったという意味ではありません。日本の不動産賃料や日本法人の役員報酬には日本で20.42%が源泉され、シンガポールで課税されないぶん外国税額控除で取り戻す受け皿もありません。どの所得がどちらの国で課税されるかは日星租税条約で扱っています。
日本との比較
移住前後の税務の手順を時系列で確認する
出国前に済ませることと着任後にやることを、家族構成と目的に合わせて一覧にします。質問は5つ、登録なしで使えます。